あおいちゃんを救う会。
あおいちゃんを救う会

9月、東京に台風が上陸した日、
アルテイシアが大きな手術を乗り越えました。
7時間半に及ぶ根治術、人工心肺も120分回し、
その後の入院生活を経て、先週末退院する事が出来ました。

そして手術を受けた病院のICUで、同じ様に心疾患を持ち、
現在心臓の移植を受けなければ、余命半年との宣告を受けた
わずか1歳の女の子、阪田碧ちゃんに出会いました。

ICUでベッドを並べている間、
碧ちゃんのママさんは毎日長い面会時間の最中、
ベッドの横で碧ちゃんの手を取り、付添っていらっしゃいました。
碧ちゃんのおばあちゃんも毎日いらしていました。

それがどれほど大変な事か、計り知れません。

そして今も、たった1歳の碧ちゃんが、
小さな小さな身体で精一杯病気と闘っています。

碧ちゃんの移植手術を実現する為に、是非募金にご協力下さい。
宜しくお願いいたします。

◆あおいちゃんを救う会

◆facebookページ

【 11/16 追記 】

先程、Facebookで無事に日本を発ったと近況報告がされていました。
この記事を読んで賛同して下さった皆様、
ご協力して下さった皆様、
本当にありがとうございました。
碧ちゃんが元気になって、再び日本に戻って来る迄、
全てが無事に行われます様に。

カテゴリ:アルテイシアの闘病記 | 15:37 | comments(8) | trackbacks(0) | -
闘病記録〜ファロー四徴症(極型)〜。
2010年6月22日 誕生(2時間後、救急搬送)
救急搬送される直前、医師に懇願して娘を抱かせて貰った。 

2010年7月29日 心カテーテル検査
BTシャント術を予定していたが、リスクを避けカテーテル検査を行わなかった為、
左脇下を切開してから動脈の走行異常が発覚し、オペを断念。
挿管に1時間以上を要した為、負担を考え、人工呼吸器を装着したまま、
急遽心カテーテル検査を行うことになった。
写真はオペの為、保育器からインファントウォーマーに移された娘。

2010年7月30日 BTシャント術(左体肺動脈)
前日のカテーテル検査で動脈の位置を確認し、シャント術を無事に終える。
8月8日、生まれてから2度目の抱っこが許可される。

2010年8月26日 心カテーテル検査
BTシャント術の評価カテ。
動脈管がシャントした左鎖骨下動脈を引き連れる形で狭窄しており、
右鎖骨下動脈と肺動脈のシャント術が決まる。

2010年9月1日 心カテーテル検査
明日、2回目のシャント術の為のカテ検査。

2010年9月2日 BTシャント術(右体肺動脈)
顔に初めてピンク色がさした。プロスタグランジン点滴終了。

2010年9月21日 心カテーテル検査
検査の結果、退院の許可が下り、25日に退院。
その後の通院を経て、11月末に東京へ戻る許可が下りる。

2011年3月8日 心カテーテル検査
2010年11月に女子医大に転院後、初のカテーテル検査。

2011年9月21日 心内復術
カテゴリ:アルテイシアの闘病記 | 08:00 | comments(0) | trackbacks(0) | -
いよいよ。
今日、外来で1ヵ月前に行ったカテーテル検査の 
結果詳細を聞いて来ました。 
根治手術を行えると判断して頂けた様で、 
入院及び手術の申込をして来ました。 
計画停電等で影響が出なければ、 
多分6月初旬に手術が出来るだろうとの事。 

いよいよです。 

1番最初に行ったシャント手術では、 
カテーテル検査を行わずに、 
エコーのみで手術に踏み切る形だった為、 
開胸してから動脈の走行異常等が解り、 
何も処置できずにそのまま閉じる事態になってしまい、 
これでもかという位、泣いた事もありました。 

今度は、根治手術。 

具体的で無い故の不安から、ほんの少し開放され、 
具体的になった事で生じた、希望と心配で、 
今は胸がいっぱいです。 

今まで幾度も驚かされたアルテイシアの生命力を信じて、 
手術までの日常、大切に過ごしたいと思います。
カテゴリ:アルテイシアの闘病記 | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) | -
カテーテル決定!
ワタクシ、18日に33歳になりました。 
そして誕生日は朝から丸一日娘の診察で、 
J医大病院におりました。 

いつもの小児循環器に加え、 
遺伝科と小児神経外科も初めて受診。 
今までずっと抱えていた漠然とした不安が、 
ほんの少しだけクリアになりそうな予感があって、 
ちょっぴりほっと出来た一日でした。 

そして3月3日から検査入院が決定しました。 
心カテは8日を予定しています。 

うまれて1ヵ月と3ヵ月でシャント手術を行った、 
握りこぶしなんて比べ物にならない、 
娘のちっちゃなちっちゃな心臓。 
2mmにも満たない細い細い血管。 
今までの日々で成長しています様に…。 

どうかどうか根治手術への第一歩になる 
良い結果が得られます様に…。
カテゴリ:アルテイシアの闘病記 | 08:45 | comments(0) | trackbacks(0) | -
ことの次第。
2010年6月22日12時18分、
アルテイシアが小さな小さな産声をあげた。


私にとって、夫にとって、
それはそれは待ちに待った瞬間だった。

あれ?何だかとっても声が小さい。

頭の中にふと不安がよぎったが、それも束の間、
アルテイシアを助産婦さんが別室へ連れて行き、
夫が胸にデジタルカメラを下げてそれを追う。

アルテイシアを取り上げて下さった医師や、看護士さん、
沢山の人に「おめでとうございます」と言われ、
LDR(陣痛〜分娩まで過ごせる部屋)に戻って来た夫と、
幸福な気持ちでカンガルーケアを待っていた。

程なくアルテイシアは、産院に併設されている小児科の医師と一緒に、
少しものものしい雰囲気で戻って来た。
「少し小さすぎるので、カンガルーケアは出来ません。」
看護士さんに告げられ、
その後すぐに小児科の先生からの説明が始まった。

アルテイシアに心雑音が確認され、
先天性の心疾患である可能性が高いという。
このまますぐに県内の循環器系に強い総合医院に救急車で運ぶらしい。

予想だにしなかった自体に、自分でも驚く程冷静に話しを聞き、
「宜しくお願いします。」と医師に頭を下げていた。
多分取り乱す程の余裕が私に無かったのだと思う。

その後すぐに私の母が、車の免許の無い私を
それまで産院の検診に送ってくれていた伯母と一緒に面会に来てくれた。
ベッドに備え付けられたテーブルに置いてあった、
医師が心疾患に付いて説明したプリントが、
母の目にとまったようで、心配そうな眼差しをこちらに向ける。
親戚の手前、とりあえず微笑みを返すと、
母もその場では何も聞かずに帰って行ってくれた。

産後2時間で私はアルテイシアとはなればなれになってしまった。
救急車を追いかけて、夫がタクシーで転院先に向かってから、
ひとりLDRで連絡を待つ。時計の針が全然進まない。
2時間後、夫から検査を受けた結果、
やはり先ほど説明された病名で間違いが無いとメールが入った。

それから幾度声を殺して泣いたかは、もう忘れてしまった。

入院中、夫は仕事を休んで毎日産院に通ってくれ、
その間、父は仕事帰りに夫を迎えに来てくれた。

産院での予定を1日早く切り上げ退院した私は、
毎日搾乳して病院に通いながら、教習所に通い車の免許を取得し、
夫は毎週末、せっせと里帰り先に通ってくれ、
東京ではあれこれ役所を周り、色々な手続きを済ませてくれた。
そして「願掛け」と言って
アルテイシアが産まれた日からタバコをきっぱりと辞めた。

アルテイシアは2度の手術と3度のカテーテル検査を乗り越えた。

忘れてはならない我が家の愛パグ・DOMは、
それまで映画等を観て感動して私や夫が泣く際には、
とても迷惑そうな顔をして、私や夫から離れていくのが常であったのだが、
今回のアルテイシアの出産後泣く度に、自分から私に寄り添い、
涙を幾度も幾度も舐めて慰めてくれた。

母が自分の為に声を出して泣くのを初めて見たり、
父と笑っちゃう程、小さな事で本気でぶつかったり、
伯母が病状も問い質さずに車の免許を取るまで毎日病院に送ってくれたり、
夫の両親や親戚や友人達の、温かさに触れたり、
色々な事が目白押しで、里帰ってからのこの5ヶ月間には、
既に丸1年分くらいの出来事がぎっしり詰まっている。

そしてアルテイシア生後3ヶ月目の今日、やっと退院の許可が貰えた。

まだまだ病気とは向き合って行かなければならず、
不安も沢山あるのだが、
やっと1日たった2時間の面会時間では出来なかった事が、
アルテイシアと出来る事が嬉しくてたまらない。

これまで支えて頂いた方々へ感謝の気持ちを込めて。
これからも夫・アルテイシア・DOM共々宜しくお願い致します。
カテゴリ:アルテイシアの闘病記 | 09:39 | comments(19) | trackbacks(0) | -
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